塗籠日記その弐

とりふねです。ときどき歌います。https://www.youtube.com/user/torifuneameno 堀江敏幸・宮城谷昌光が好きです。

シュトルーデルを焼きながら

先日ぷぅライヴ打ち上げでダルシマの小松崎さんとお話したとき話題にした本について、2000年に自分で書いたものがあったので、こちらに載せておきます。
シュトルーデルはサウンド・オヴ・ミュージックのmy favorite thingsの中にも出てくるのですが、この曲がユダヤ風であるという興味深いお話を聞きました。
Liviang BLOG( りびあん音楽堂)さんの記事。↓
http://wind.ap.teacup.com/liviang/302.html
my favorite thingsはまたライヴで歌いたいなあ。

シュトルーデルを焼きながら

シュトルーデルを焼きながら

 「シュトルーデルを焼きながら」はユダヤ人の家族のお話です。時と所は1800年代ロシア領オデッサから現在のアメリカまで。ウィリーおじいちゃんがなくなったあと、ロリと姉のジェシカが、おじいちゃんがもっていたロサンジェルス・タイムズの切りぬきを見ながら、シュトルーデルを焼くところから、お話ははじまります。

 シュトルーデルはユダヤの家族に伝わる伝統のお菓子です。専用のテーブルクロスの上で、ねり粉をなんどもうちつけ、それをすきとおるくらいうすーくのばして、あまく煮たリンゴやクルミを包み、くるくるたたんでオーブンへ。

 基本的な材料は、小麦粉、塩、卵、リンゴ、砂糖。でももう一つ、これがなければできあがらないという、大事な材料があります。それはシュトルーデルを作る人が、作りながらしてくれるお話です。今までにシュトルーデルを焼いた人たちがしてくれたお話を、もう一回するのです。ウィリーおじいちゃんいわく。「お話ぬきのシュトルーデルなんて、ただの小麦粉のかたまり…」。おじいちゃんを思いだして大泣きしたあと、すっきりしたロリは、鼻をかんで、おじいちゃんが台所でいっしょに笑ってくれているのを感じながら、リンゴの皮をむきはじめます。

 お話の中でシュトルーデルを焼いているの(語り手)は三人の人たち。サラ母さん(1865〜1935)と、バーティー大おばさん(サラの娘1894〜1980)とウィリーおじいちゃん(バーティの兄イサクの孫1932〜)です。お話を語る人がいるということは、必ず聞く人がいるということですね。聞き手はそれぞれ、サラの子どもたちハンナとイサク(と赤ちゃんのバーサ)、11歳のウィリーと妹のアイリーンといとこのハウイー、そしてジェシカとロリ。語られるいくつかのお話は、絵空事ではなく、すべてがそれぞれの語り手とその家族の生きてきた証のようなできごとです。

 弱虫だったサラの弟のエリが、母レアの機転で死の天使に連れ去られずにすみ、しかも父のヤコブのようにたのもしい少年に生まれ変わるお話。早くに夫をなくし、貧しい暮らしの中で、深く強い愛情で子どもを育てるサラの母レア姿が語られます。

 バーティ大おばさんは親戚じゅうでいちばんの新しがり屋でしかもかっこいい。親戚の子どもたちみんながそう思っています。ピンクのシボレーのオープンカーを運転している大おばさんですが、一つだけ古風なところがありました。それは大おばさんが焼く、昔ながらのシュトルーデル。アイリーンは、大おばさんのレシピをノートに書いて、将来スーパー・シュトルーデル・ファクトリーという会社を作ろうと考えています。語られるのは、小さいころオデッサから新天地アメリカに渡ってきたときのお話です。憧れのアメリカ。入国のときの苦労。ユダヤの社会では女の子には許されなかった、学校で学べる喜び。
 生まれたばかりの妹の死。ショックを受けた母のサラは死んだようになっていましたが、ある日、バーティと弟のエイプが、死んだリリーのことを話しながら、シュトルーデルを作りはじめると、サラは立ち上がってシュトルーデルの作り方を教え、そして忘れていた笑顔を取り戻しました。シュトルーデルを作ることで、生きる力をよみがえらせたのです。

 そして、野球のジョークをとばしながらウィリーおじいちゃんが焼く、ロサンジェルス・タイムスのシュトルーデル。シュトルーデルが嫌いな男の子レオンは、戦争で父母と引き裂かれ、強制収容所で父母を殺された深い悲しみを沈黙の底に隠していました。「たのしいことを思い出すためには、悲しいことをまず話さなきゃいけなかったんだろうね。」とはウィリーおじいちゃんの名言です。悲しいことをすべて話したレオンは、とうさんやかあさんとの楽しい思い出を語りだし、食べられなかったシュトルーデルも食べられるようになりました。

 作る人がいて、食べる人がいる。話してくれる人がいて、一生懸命聞く人がいる。時がたって、聞き手は語り手になり、はるか昔のお話を、小さい人たちに物語る。なくなった人たちの思い出が、今生きる人たちに語られる。なくなった人たちが、それぞれの暮らしと時間をしっかりと生きていたと感じること、それは、今という時をなくなった人たちとともに分かち合うこと。

  みなさんにおすすめしたい、とてもよい本でした。サラ母さん、バーティ大おばさん、ウィリーおじいちゃんのシュトルーデルのレシピも載っています。


2000.10.21