塗籠日記その弐

とりふねです。ときどき歌います。https://www.youtube.com/user/torifuneameno 堀江敏幸・宮城谷昌光が好きです。

「ケルトの白馬」ローズマリー・サトクリフ

ケルトの白馬
だいぶん前に読んだもののご紹介。


イケニの族長の息子、ルブリン・デュ。征服者の血の混じる先住民の血による褐色の肌と黒髪を持って生まれた。5歳の夏、つばめの舞う姿を見たルブリンの心の中で何かが「その形をつかまえろ!」と叫んだ。★妹が生まれたその宴の席でシノックの竪琴と歌が心の中で織りなす模様。ルブリンは夢中で薪の燃えさしでそれを板石に描き始めた。シノックと青銅職人のゴルトはルブリンの描いた模様を見て、目を見交わして言った。「見たか? われわれの兄弟がここにいるぞ。」★やがて南からやってきたアトレバテース族は、ルブリンの父と多くのイケニ族を殺し、ルブリンたちを捕虜とした。イケニの生き残りたちは、敵に話を聞かれないよう、少年組の仲間言葉を使った。本来なら成人になった後では口にしてはいけない言葉だったが、しばらくすると女たちまでが使うようになる。★アトレバテースの族長とルブリンは取引をする。白亜の丘に巨大な太陽の馬を描き、それがクラドックの望み通りの馬なら、イケニの生き残りを自由の身にすると。ルブリン・デュは、今語られたことが、すべてでないことはわかっていた。自分とクラドックの取引には、言葉にされなかった何物かがあると。言葉にされるどころか、考えられもしなかったこと。しかし、それこそが核心であり、暗闇の中で時が満ちるのを待っている。★巨大な馬の絵を制作しながら、この馬には魂、生命がこもっていないと長いこと考えていたルブリンが聞いた生きものの死の悲鳴。この瞬間ルブリンは自分の血と命でもって神の馬に生命を吹き込むのだと理解する。一族が生き延びるために自分の命をさし出す。一族と神々の間に立ち、必要があれば一族のために命を捨てることは、王の使命であり、長の使命なのだ。



死の代価。表現者の孤独と真実。芸術の完成のため、自分の中の真実に従ってエポナ女神に命を捧げるルブリンの姿は(多少ヒロイックなこそばゆさはあれど)それなりに美しく響いてくる。表現の生まれる瞬間や、歌と絵という異なる表現の交歓を描いてサトクリフの筆が冴える。イギリスバークシャーの巨大な白馬の地上絵とケルトの伝説をもとに描かれた物語。サトクリフは(もう古典の趣さえあるが)これくらいしか読んでいない。アーサー王伝説の新しい版も出ているようだし、楽しみに読んでいきたい作家だ。