塗籠日記その弐

とりふねです。ときどき歌います。https://www.youtube.com/user/torifuneameno 堀江敏幸・宮城谷昌光が好きです。

メトル・コントとホカヒビト

「国境なき文学」でハイチの作家エドウィージ・ダンティカの講演がおもしろかったので、「魔法のオレンジの木」を思い出して再読し、ハイチの民話の語り部メトル・コントと折口信夫のホカヒビトが一つに重なったところで、万葉集巻十六の最後にあるホカヒビトの長歌を読んだ。殺される鹿の身になってうたった歌と、殺される蟹の身になって歌った歌。二首とも、鹿のために痛みを述べた、蟹のために痛みを述べた、と詞書があるけれど、上段の註には、人間への鹿、蟹の奉仕をことほぐ歌、とある。中沢新一師言うところの「対称性」でしょうか。二首ともほんとに鹿や蟹の気持ちに寄り添っている感じがあって、とてもかわいらしいです。変な形容だな…、でもそうなんですもの。蟹の歌なんか、「大君が僕を召すというけど、どうしようといって僕をお召しになるのかな? 歌人として召すのかな? 笛吹きとして召すのかな? それとも琴弾きとしてお召しになるのかしら? ともかくおことばに従おうと飛鳥について…」それでもって、殺されて、殻はすりつぶされて、あとはヒシオをぬられて塩からにされちゃいます。鹿の方も解体されて余すところなく使われちゃいます。かわいそうなんだけれど、むだなくすべてきちんと使われて、満足している感じもあって、なんだかかわいらしいのです。
国境なき文学 (アウリオン叢書)
魔法のオレンジの木―ハイチの民話
新訂 新訓・万葉集〈下〉 (岩波文庫)