塗籠日記その弐

とりふねです。ときどき歌います。https://www.youtube.com/user/torifuneameno 堀江敏幸・宮城谷昌光が好きです。

ダウン・バイ・ロー

ジム・ジャームッシュの「ダウン・バイ・ロー」を観る。過日観た「ストレンジャー・ザン・パラダイス」もそうだったが、映画通の人が好むのであろう鋭く美しい、それゆえ生々しいモノクロの画面は、わたしには緊張度が高すぎて観ていると息苦しくなる。トム・ウェイツの音楽は荒々しくてかっこいいが、それも息苦しさに拍車をかける。若いときだったら、こういう鋭く荒々しいものを受容する体力もあったんだろうな。出てくる人物たちの生活の荒れも気分を落ち着かせない。ジョン・ルーリーの顔の強度が怖い。しかし、トム・ウェイツジョン・ルーリーという緊張を強いる人物の間に、ロベルト・ベニーニが出てきて、イタリア語まじりの明るく開いた音の片言英語を話し出したとたん、映画の気分は一変した。おとぎ話か、神話のような色合いになったのだ。ベニーニはこの世界の中で異人であり精霊である。(そして唯一の殺人者でもある。)ジャック(ルーリー)とザック(ウェイツ) の名前を間違えるところからずっと、時に決裂しそうな二者を結びつける調停者である。刑務所の中で「I scream,you scream,we all scream for ice cream 」と叫ぶシーン、脱獄シーン、川を渡るシーン、森?でジャックとザックが別れて行ってしまいそうになる時、ボブ(ベニーニ)がうさぎを焼くシーン。つねに真剣なボブの行動はそのままでおかしく(すこしかなしく)、それによって緊張した関係と空気に穴を穿つ。うさぎを焼きながらの独白には釘付け。ベニーニこそフェリーニの道化師の末裔だと思わせるシーンだった。(彼はフェリーニ最後にして最高の駄作「ボイス・オヴ・ムーン」で主演。)このシーンの構図は、そっくりラストの三叉路のシーンに引き継がれる。精霊・ロベルトはニコレッタのレストランをすみかとし、画面の外に(スクリーンからいうと手前、客席側)に出る。道は二つに分かれるが、ジャックとザックは決裂して別れていくのではない。ニコレッタの店でもらった死んだおじさんの上着(死者の装束)を交換し、精霊に結ばれた状態で別々の道を歩いてゆく。三叉路は見えない結び目だ。エンドロールのウェイツ?の歌は、もう荒々しくは感じられず、明るく陽気に愉快に響いてくる。

ボイス・オブ・ムーン [DVD]

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